東京高等裁判所 昭和47年(ラ)687号 決定
抗告人は本件競売開始決定に表示してある約束手形債務を債権者田中美代治に対し負担していないから、民訴法第六七二条第一項に該当するので本件決定は取消さるべきである旨主張するので、按ずるに、成程本件記録中の調停調書(写)によれば、件外立花弘が申立人になって右債権者を相手方となし、抗告人が利害関係人として、本件競売開始決定に表示されている約束手形債権とは異なる約束手形五通合計金額一〇〇万円につき、昭和四七年八月二二日静岡簡易裁判所において調停が成立し、右当事者及び抗告人間に調停条項以外になんら債権債務のないことが確認され、右債権者は本件競売申立を取下げる旨の約定がなされたことが認められる。しかし右条項によると、右件外人と抗告人は連帯して右債権者に対し九五万九、〇〇〇円及びこれに対する昭和四七年一月一日より日歩七銭の損害金の支払義務あることを認めこれを分割して支払うことになっているが、その方法は昭和四七年九月を始期とし同四八年八月まで毎月二五日限り四万円宛、同四八年九月より完済まで五万円宛とされていることは明らかであるから、現在(昭和四七年一〇月中旬)なお少くとも九一万円以上の債務が残っていることになるのに対し、本件競売申立の基本たる抵当権は根抵当権であって、記録中の「与信契約並びに根抵当権設定契約書」と題する書面によれば、抗告人は右債権者に対し昭和四六年一一月四日一〇〇万円を限度として現在及び将来取引すべき継続的証書貸付、手形小切手取引契約に基き負担すべき債務につき順位第四番の根抵当権を設定する旨契約し、同年同月三〇日その旨の登記がなされていることも明らかである。しかして根抵当権実行による競売においては、当該競売申立にかかる個々の債権のほか競落代金計算期日までに当該根抵当権によって担保される他の債権もその極度額の範囲内において優先弁済を受けえられるべきものである。従って抗告人において右取引に基き生じた債務のすべてを弁済ずみであるというのであれば格別、右調停条項によると、抗告人らが右債務の履行を怠ったときは、本件抵当物件を含め、他の物件に対し右債権者において強制執行する権利を有することは勿論であるが本件根抵当権を実行することについてもなんら支障があるとも思われない。なんとなれば、右調停の対象とされた約束手形債務が本件競売申立にかかる手形債務と異なるものであることは両者を比較して明らかではあるが、これが前記継続的取引契約に含まれない別個のものであり、かつ従来の債務はすべて弁済ずみであるとか、当初から負担していないものとすれば、右債権者は本件競売申立を取下げるに止らず、その根抵当権設定登記の抹消をも諾する約定がなされて然るべきであるのに、それがなされていない以上、前記「与信契約並びに根抵当権設定契約書」に基いて再度本件根抵当権の実行の可能性は充分存するわけであるからである。もっとも右調停調書(写)の記載によれば債権者は本件競売申立を取下げる旨を約し、現に取下書が提出されていることは明らかであるけれども、競売申立の取下については競売法第二三条が最高価競買申込人の同意のない限り、これを認めていないところ、本件において最高価競買申込人杉元兼一の同意を得たことはこれを認めるべき証左がない。してみると抗告人主張の如く、たんに本件競売申立ての基本となった約束手形債務は存在しないということ、また債権者から競売申立の取下があったというだけで直ちに本件許可決定は取消さるべきであると断ずるわけにはゆかない。
(浅沼 加藤 園部逸)